【キャリア】株式会社トップランナー 社員の声 一部上場企業から中途転職 湯山卓

ボディケアトレーナー採用

スライド1.JPG大学卒業後、私は大手海外物流の会社に就職しました。当時は海外を相手にグローバルに働きたいと思っていました。成田空港近くのロジスティクスセンターに配属され、半導体製造装置の輸出の業務に携わっていました。当時は独身で八千代院の最寄り駅である八千代中央駅の近くで一人暮らしをしていたことから、東葉コンディショニングに通うようになりました。

そこで加賀谷が素人目にも重症な来院者さんを次々と笑顔に変えていく姿を目の当たりにしました。私が何より感激したのは来院者さんをお客様扱いしない治療家のプロとしての態度と来院者さんの笑顔です。

大きな会社になる程、自分の裁量で仕事が出来る範囲は小さくお客様の笑顔を見る機会はなかなかありません。歯車の一部として働かざるをえないということを日々感じていました。次第に東葉コンディショニングで見た笑顔が頭から離れなくなり、一大決心をして法人化前の東葉コンディショニングに中途で採用して頂きました。

東葉コンディショニングへの就職後は、遮二無二働きました。デスクワーク中心だったそれまでの仕事とは打って変わって体力勝負の施術現場。持ち前の手先の不器用さも手伝って、手法の上達も早くありませんでした。

一日があっと言う間に過ぎていく日々が続きました。院から帰宅途中に歩きながら寝てしまい、沿道にあった花壇に転倒したこともありました。体力的に辛い時期でもやってこられたのは、仕事の後に代表の加賀谷と行く飲み会があったからです。加賀谷はよく焼鳥屋のカウンターに座って東葉コンディショニングの未来について、人の成長についてなど沢山のことを語ってくれました。あの頃は一年の殆どの時間を加賀谷と一緒に過ごしていたと思います。東京院が出来て社員が増えてきた今となっては加賀谷と過ごす時間も少なくなりましたが、加賀谷イズムやトップランナースピリットはここで身に付けたと思います。スライド2.JPG

不器用ながらも必死に整体道に打ちこみ、いつの間にか月の施術回数が300回を超え、全国の整体師の中でもトップクラスの施術実績を残すようになりました。この頃から施術現場が楽しくて、楽しくて仕方がなくなりました。どんな症状も自分ならよく出来ると過信していた時期でもあります。

来院者さんはみんな目上の方で、人生経験も豊富。そんな人生の大先輩である来院者さんと施術を通して向き合うことで私自身の人間が磨かれ、30代を過ぎるころに治療家として人間として一人前になれた気がします。

そして、過酷で苛烈な20代を経て、30代を過ぎた頃に八千代院の院長になりました。私を含め4名の部下と共に業績を伸ばすことに貢献してきたと思います。整体院というのは評判がよくなればなるほど、忙しくなる事業です。この頃から顧客数が一気に伸び始め、それまで以上に忙しくなりました。私以上に部下も非常に忙しかったと思います。厳しい時期を共に経験した部下は現在も中心的なメンバーとして働いていることが嬉しいです。スライド3.JPG

32歳で結婚し、4年後に息子が生まれました。37歳でマンションを購入し、妻と息子の3人暮らしをしています。イクメンとは言えないと思いますが、朝は6時に起きて息子のおむつを替えたり、検温や着替え、朝食を食べさせる担当です。早く帰った日にはお風呂も息子と入ります。仕事も家族も一生懸命。それが私の今のライフスタイルです。

2013年から本格的に取り組みを開始した採用活動で新入社員が増えました。不器用代表の私が日々こつこつと積み上げてきた経験が新人を教育するときに役立っています。

また2015年には役員に就任させて頂き、新規事業を任せられる立場にして頂きました。これまでは自分と家族のことだけを考えていればよかったのですが、今後はこれから入ってくる若者達を食べさせていかなければいけないという使命感を持って、事業に取り組んでいます。


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